日本大学商学部教員の研究紹介
わたしたちの未来の話をしよう
― 未来×教育学 ―
日本大学商学部教員の研究紹介
未来の話をしよう Vol.2
未来のために、
いま知りたい広告のこと
日本大学商学部には、さまざまな分野に精通した教員がいます。各分野の専門家である商学部の先生方から、わたしたちがより良い未来を生きるためのヒントを伺っていくのが、連載企画「わたしたちの未来の話をしよう」です。
第2回目は、広告コミュニケーションを専門に研究する田部先生です。先生のご研究内容と共に、昨今の広告における倫理問題や話題になった広告の事例などに触れながら、「商学部」で広告を学ぶ意義について伺いました。
田部 渓哉准教授
広告コミュニケーション
[主な担当科目]
広告コミュニケーション、マーケティング論
Profile
2011年早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了、博士後期課程単位取得後退学。早稲田大学商学学術院助教等を経て、2024年4月本学部に就任。広告コミュニケーションについての研究を専門とし、常識に捉われない柔軟な発想が信条。
広告戦略が多様化する中
求められるバランス感覚
先生のご専門は「広告コミュニケーション」ということですが、
まずはどのような分野なのか教えてください。
倫理的視点を重視した研究
広告コミュニケーションという分野は、広告が消費者にどのように受け取られ、どのような反応をするのかや、望ましい広告のあり方などについて理解を深める領域です。私は、消費者の広告への反応や評価が、使用するメディアによってどのように異なるかを消費者行動研究に近い方法論で研究しています。また、広告の社会的意義や広告規制・広告倫理などにも関心を持っています。
例えばどのような研究を行うのですか。
メディアによる広告効果の違いを探る研究としては、例えば、同じビジュアルを使った雑誌広告とWeb広告への反応を、好感度や行動に注目して比較するアンケート調査が挙げられます。一般的に出版社や編集部による考査がある雑誌広告の方が、Web広告より信頼度は高い傾向にあるのですが、デジタルネイティブと言われるZ世代では違った結果が出ることもあります。そうした理由を、心理学の理論など学術的な根拠に照らして解読していきます。
広告実務の現場では広告効果の結果を重視し、その結果につながった原因まで客観的に追究することはあまりありません。この研究の目的は、単にメディアや広告表現に優劣をつけることではなく、データ分析を通じて広告の効果を論理的に検証する点にあります。学生たちが、こうしたスキルを身につければ、将来広告に関わる仕事に就いたとき、経験や好みに頼るのではなく、論理的な一貫性や説得力のある企画立案ができるようになります。
倫理的な側面も研究されているということですが、近年の広告にはどのような課題があるでしょうか。
どのようにして消費者を守るか。
4大マスメディア※が広告の主流を占めていた時代、広告は世に出るまで多数の企業の考査を受けていました。対して現代は、誰でも簡単にインターネットを通じて情報発信できるようになり、ほとんど考査を受けていない情報や広告なのかあいまいな広告が氾濫しています。そんな中で私が取り組んでいるのは、Webサイト上のネイティブ広告の研究です。ネイティブ広告とは、例えば一般の記事に溶け込むように表示される「記事と広告が自然に融合した広告」などを指しますが、悪く言えば閲覧者の誤認を誘う場合もあり得ます。その表現やデザインが閲覧者にどう受け取られるのか、倫理的な視点から分析しています。
紛らわしさという点では、企業からの依頼であることを公表せずに商品を宣伝するコンテンツを配信するインフルエンサーが増えたこともあり、ステルスマーケティングを不当表示とする告示が景品表示法に加わったことなどは記憶に新しいと思います。他にも体型や頭髪、肌などの身体的特徴をことさら強調したり、不安にさせたりして商品を宣伝するといった度を過ぎたコンプレックス広告に対し、公的に規制すべきという意見も常にあります。消費者保護と表現の自由のバランスをとることが重要ですが、具体的な判断基準を設けるのは難しいのが現状で、企業の倫理観が問われる課題となっています。
※ 4大マスメディア…テレビ、新聞、雑誌、ラジオのこと。
そうした課題もあることを理解した上で、今後の広告に期待できることはありますか?
対話の機会を創出した広告も。
広告の役割はブランド価値を高めて売り上げや利益に貢献することであり、長期間、自社の商品やサービスを推してくれるファンをつくることや、ブランドイメージの構築が重要になります。しかし近年は、社会をより良い方向に導く役割も期待されています。例えば最近の事例では、あるトイレタリーメーカーの「#この髪どうしてダメですか」というキャンペーンが挙げられます。頭髪指導を受けて不登校になった生徒が行政を訴えた事件がベースにあり、キャンペーン開始後、SNSへの投稿が激増し、署名プロジェクトが立ち上がるなど社会的ムーブメントになりましたよね。
ブランドの一方的見解を示すのではなく、「意義が曖昧な校則」を社会課題と捉え、それについて対話する機会を創出したことが、共感を呼びました。消費者にとって、昨今の広告はつまらないもの、邪魔なものという認識が強いかもしれないですが、事実に基づく広告表現は良質な広告コミュニケーションになり得るという、これからの広告の在り方に一つの道を示した例と言えるでしょう。
広告媒体がデジタル化し、価値観が多様化する現在、商学部で広告やマーケティングを学ぶ意義は?
優れた広告を生み出す力になる。
広告をつくるクリエイターは、主に芸術系の大学や専門学校を出た人。いわばアウトプットの技術を持つ人たちが多いです。一方、商学部の学生が将来広告業界に関わるとすればマーケターや制作会社の営業担当など、企業の課題を正確に把握し、クリエイターに伝えるというインプットの役割を果たすことが求められます。そのためには企業や商品、サービスの課題は何なのか、消費者のニーズや社会的背景も併せて読み取り、どうクリエイティブに反映するかを真剣に考える、マーケティング的発想が必須。私のゼミでは、実際に広告を作り、制作の難しさを体験しつつ、マーケティングに基づき広告を創り出す発想力を磨いています。広告の基本はアート&サイエンス。豊かな感性で創られた印象的な表現と、心理学の論理や消費者行動の客観的データに基づく科学的な裏付けがあってこそ優れた広告が生まれます。商学部でサイエンスを学ぶと聞くと不思議な感じがしますが、倫理的な問題を頭に入れて、マーケティング的な視点からコミュニケーションを発想したり、講評したりできるようになることが、商学部で広告を学ぶ意義です。
これからの社会で必要なのは
他者を敬い、
独自の視点を持つこと
この記事を読む学生が、将来マーケターや広告の営業、企画に関わると想定して、今のうちに養っておくべきことは何ですか?
コスパを考えないこと
広告は企業と消費者とのコミュニケーションです。さまざまな人々を深く知ることが大切なので、しっかりあいさつができるといった、基本的マナーは重要だと思います。お礼やお詫びを素直に伝えることで人間関係も仕事も円滑に進み、チームの力を高めることにもなります。また、コスパで考えないことは、他者と同じことをしないということ。例えば、山を登る際の最短のルートは1本なので、コスパ優先なら全員同じ景色を見て頂上に着くことになります。しかし、コスパを考えなければ各々が自分の好きなルートを選んで頂上まで登るため、全員が違う風景を見るでしょう。
経験値で差がつくのは歴然たる事実。問題解決能力にも差が出ます。他者に敬意を持つこととコスパを考えないことは、AIに置き換えられにくいこと。今後の社会で力を発揮するには必須の能力だと考えています。
商学部の在学生やこれから入試に挑む高校生に、メッセージをお願いします。
自分にしかできない考え方を見つけてほしい
また山の例で恐縮ですが「富士山の標高は何m?」という質問に、全員が3776mと答えるのが高校までの勉強のイメージに近いと思います。対して大学での学びは、静岡県側と山梨県側それぞれから見た富士山の違いを表現することが求められるようなイメージです。立ち位置が違うのですから、同じ答えにはなりません。とはいえ、他者と違うことを主張するには勇気が必要です。不完全・不安定でも、自分にしかできない考え方・見方ができるかということが大学で学ぶ上では大切になります。それは失敗や間違いを繰り返して磨かれていくもの。何事にも勇気をもって挑戦してください。
田部先生にまつわるエトセトラ
研究室
本棚には広告やマーケティングなどの分野ごとに関連した本が並び、空きスペースには小物や観葉植物が飾られていた。シンプルながらおしゃれな空間は、田部先生らしい印象。
バースデープレゼント
前任校のゼミ生たちから誕生日に贈られたという色紙には、QRコードがびっしり!読み取ると、ゼミ生がそれぞれの趣向を凝らした手作り動画でお祝いメッセージを伝えてくれる、創意工夫に溢れたプレゼント。
恩師の恩師
田部先生は早稲田大学のご出身。早稲田大学名誉教授で、日本の広告研究の第一人者である故小林太三郎先生は、恩師の恩師というご縁もあり、先生を偲ぶ会でいただいた冊子はいまも大切にしている。